首里に住まう男

沖縄の古都、首里に移り住んだ関西人の表の顔

山本文緒「再婚生活」

副題に「私のうつ闘病日記」とある。うつ病に悩まれた直木賞作家さんのエッセイですか。興味が湧いてamazonで即座に購入。

届いた本を手に取る。開くとまず目次。

「文庫版まえがき」には、「まずはここからお読みください」という“お願い”が付されている。「文庫版あとがき」には、「不安定になっている方とそのご家族の方へ」という“あて先”が添えられている。“軽いエッセイ本とは違うぞ”とでもいうような、なにやら不穏な雰囲気が漂う。

一気に通読した。よくできた本だ、と思った。構成の妙。あわせ技一本での勝利。

  1. 文庫版まえがき~まずはここからお読みください~
  2. (前半)2003年8月~2004年2月
    • 人恋しいのか違うのか
    • 生きるってなあに
    • ぐるぐるまわる
    • 頑張れは禁句でも頑張れ
    • 今夜、病院に戻りたい
    • 仕事をするのはもう無理
  3. (後半)2006年6月~2006年12月
    • ひとつひとつできるようにする
    • てゆうか、私、失恋ですか
    • まじでありえません
    • 表現すること問いかけること
    • あの頃どうかしてました
    • 今更ですが、ありがとう
  4. 改めて振り返ってみました~2004年3月~2006年5月の出来事~
  5. 文庫版あとがき~不安定になっている方とそのご家族の方へ~
  6. 解説 大平建


これは僕の購入した文庫版(2009年初版)の目次。セクション番号は僕が勝手に振った。6つのセクションが読み手の頭の中で多面的に結びつき、コンテンツがその上に適切にプロットされて初めて、この本は本領を発揮する。

単行本は2007年発行。タイトルは単に「再婚生活」だけ。サブタイトル“私のうつ闘病日記”は、文庫化にあたって付された。「野生時代」という雑誌に連載されていた文章だけ、具体的にはセクション(2)と(3)の部分のみ、単行本には収録されていたという。

なるほど。それで納得した。厳しい書評が多かったのはその所為か。セクション(2)と(3)、そして「再婚生活」というタイトルだけなら、(当事者・関係者以外の)一般の読者は訳がわからないはず。画竜点睛を欠く。目のないダルマ。もし図書館で単行本版を手にしていたら、僕は間違いなく「なんじゃこりゃ。」と思っただろう。

文庫本になって、竜は天に昇り、ダルマに黒い目が入った。例えるなら、(4)「改めて振り返ってみました」が右目、(6)「解説 大平建」が左目だな。(4)で全体が初めて見えるようになり、(6)でそれを別のところから客観視できるようになった。複眼を手に入れてはじめて、うつというこの厄介な病気の正体を立体的に把握することができたのだ。

2007年の単行本発売。人気作家の新著を待ちわびた古い読者、中身が闘病記であることを知って手にした新しい読者、いずれの側からも相当厳しい感想が寄せられたのだろうな。「なんとかせねば」「誤解を解かねば」と思ったのは編集者なのか、それとも作者自身なのか。単行本の発売から2年での文庫化はいかにも早い。その際、合計46ページもの大幅な加筆が行われた。

(1)まえがき、(5)あとがきが各6ページ、右目の(4)は実に27ページ。左目の(6)は解説としては長文の7ページ、おそらくD病院での主治医の筆だろう。両目両足が付いたこの本は、別物に生まれ変わった。

文庫化されてよかったと思う。なるほど、文庫化にはこういう機能もあるのだな。