首里に住まう男

沖縄の古都、首里に移り住んだ関西人の表の顔

狭小邸宅/新庄耕

本屋で手にとってそのまま購入した本。一気に読了。とても面白かった。これまで極度の活字欠乏症だったので、今は何を読んでも面白いと感じるのかもしれないが。

ジャンルとしては青春小説でもあり、企業小説でもあり。主人公は慶応と思しき有名大学を卒業した入社2年目の青年。帯書きには「戸建不動産会社に勤務する松尾。ノルマ、戦力外通告、辞職勧告。上司からの暴力的プレッシャーを受けながらも辞めずにいるのは・・・・。」とある。実際、30人いた彼の同期は1年ちょっとで24人が辞めてしまった。非上場のオーナー企業だ。パワハラ?何、それおいしいの?という世界が重い調子で描かれていく。

この戸建不動産会社が販売するのは狭小住宅。いわゆるミニ戸建だ。街を歩くと裏通りでよく見かけるあの醜悪な住宅。「いったいどんな人が好き好んで住むのかね」といつも感じるあれだ。

こんな住宅でも買う人はいる。いや、売りつける“コツ”がある、というべきか。これまで一軒も売れなかった松尾クン、ある幸運もあり、尖った上司との出会いもあり、そのコツらしきものをつかむ。つかむと売れる。売れると周りの目が変わる。自分も変わる。そして。。。

ああ、これってどこの業界でも同じかも。銀行だって例外じゃない。投資信託にしても、年金にしても、銀行員が本当にお客のためになると思って販売しているものなんて、ほとんどないんじゃないか。少し真面目に資産運用を勉強したことがあれば、田舎の地方銀行が提供する商品のラインナップの欺瞞なんてすぐに見抜けるはず。プロからすれば、「いったいどんな人が好き好んで買うのかね」という感じだ。

露骨なパワハラこそ減ったとはいえ、銀行員もノルマを課せられ、プレッシャーを受けているのは同じだ。真面目に資産運用を勉強したり、お客さんの立場に立ってニーズを拾おうとしている銀行員はみな悩んでいる。「本当にお客さんのためになるのかな」と。その葛藤を乗り越え、売りつける“コツ”をつかんだ者が昇進し、出世していく。多少無理しても2年で異動。クレームが来ても尻を拭うのは次の担当者。教養も良心も必要ない。むしろあると邪魔。

わからないではない。一種のゲーム感覚なのだ。いったんコツをつかむとどんどん問題が解けていく。問題が解けると褒められる。会社という閉じられた空間で、関係者だけで共有される特殊な価値観の中で、自分はできる人間なんだと錯覚する。難関大学をクリアし、就職戦線に勝ち残ってきた有能なソルジャーほど、小賢しく要領がいい者ほど、この罠にはまっていく。

上司と同期の間で交わされるやり取り。売れない頃の松尾クンはざらざらとした違和感を感じていた。

「てめぇ、冷やかしの客じゃねぇだろうな。その客、絶対ぶっ殺せよ」
「はい、絶対殺します」

殺す。社内では客を落とすとか、買わせるといった意味で使われている。
中田が、このいささか過激な言葉を口にする度、ざらざらとした違和感を覚える。

新庄耕「狭小邸宅」P.8

程度の差こそあれ、銀行だって似たようなものだ。僕も新入行員に聞いてみればよかった。「自分のお客様に対して、上司が『撒き餌はしたか?』とか『しっかり刈り取りしたか?』と聞いてくるのって、違和感を感じない?」と。

それにしても、営業というのは一般的にこんなものなんですか? 不動産業と銀行業だけが特殊なのですか? 僕は幸か不幸か、社会人生活で営業を担当したことがなかったのでよくわからないのですが。