アンパンマン人生
NHKスペシャルを見る。「みんなの夢まもるため~やなせたかし“アンパンマン人生”」
なんとなく録画していた番組だったが、鑑賞して衝撃を受けた。90歳を超えてもこんなに熱く仕事ができるなんて。こんなにもたくさんの人を元気にすることができるなんて。
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僕はアンパンマンで育った世代じゃない。アニメが始まったのは僕の大学在籍時。しかもそれは東京ローカルの放送だった。
とはいえ、この曲「アンパンマンのマーチ」にはお世話になった。とにかくこの曲を弾いてあげると、小さい子がキャッキャと喜ぶのだ。これを弾いていっしょに歌えば、もうその子との信頼関係はバッチリ。そのものすごい威力は何度も体験した。
いっしょに歌えば、といっても、僕は実際は唄えず弾くばかり。正直なところ、歌詞はサビの部分しか知らなかった。今回、やなせさんの生い立ちと合わせて、初めてその歌詞をかみしめることになった。
そうだ!うれしいんだ 生きる喜び
たとえ胸の傷が痛んでも。
なんのために生まれて なにをして生きるのか
答えられないなんて そんなのはいやだ!
今を生きることで 熱いこころ燃える
だから君は行くんだ微笑んで。
曲の冒頭から、心にビンビンと響く言葉が並ぶ。
やなせさんはイラスト付きエッセイで、アンパンマンが自身の戦争体験のなかから生まれたと記している。
ぼくの戦争体験は正義は逆転すること、傷つかない正義はないこと。
もし正義ならば、最初に空腹の人を救うべきだ、ということを痛感して、
それがアンパンマンになる。
京都の帝大生だった自慢の弟・千尋さんは、特攻隊員として22歳で戦死した。親交が深かった漫画家のちばてつやさんは、「弟さんに、おまえは何のために生きてきたのか、答えられるか?答えられないよな?と問うていたのではないでしょうか」と語る。
今回の番組で、やなせさんが歌詞を原稿が紹介された。朱書きで何度も推敲された用紙を見て、ちばさんは「やなせさんの人生の、集大成じゃないですか」とつぶやいた。
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当初子供向け絵本として出版されたアンパンマン、「当初評論家や保護者、教育関係者からバッシングを受けた*1」のだそうだ。あまりに弱すぎるんじゃないか、自分の顔をちぎって食べさせるのはいかがなものか、と。
しかし、子供たち、そしてもっと小さな幼児たちはその魅力を見落とさなかった。絵本は絶大な人気を得る。
それをうけて企画されたテレビアニメ。こちらも「テレビ業界的にかなり不安視されており、スポンサーがつかなかったり、関東ローカルのみの放送などと逆境を余儀なくされ*2」たそうだ。
しかし、すぐに大人気番組に。全国ネットに拡大され、キャラクターグッズも爆発的ヒットするなど、その後の輝きは誰もが知るところだ。
やなせさんが興味深いことを語っている。
幼児の作品はですね、幼児用だというので グレードをうんと落とそうと考えるんですね。
違うんです。非常に不思議なことに、幼児というのは、お話の本当の部分がね、なぜか分かってしまう。
子供は、幼児は鋭いのだ。本質をつかむ。本物かどうかを本能的に見抜くことができる。
自分の経験に照らしてもそれは確かだ。書物にしても、音楽にしても、美術にしても、教育にしても、いいものはいいと分かるのだ。手抜きのない本物に触れられたことを、今ではとても感謝している。
さて、アンパンマン。絵本、アニメのお話はもちろん、主題歌「アンパンマンのマーチ」も本物だ。手抜きの一切ない、やなせさんの直球勝負のメッセージ。子供たちはしっかりと受け止めている。だから、どの子も1番から3番まで空で正確に歌えるのだ。
この歌詞は、アンパンマンとともに育った日本の子供たちの核の部分に、しっかりと埋め込まれた。これはすごいことだと思う。
東日本大震災で憔悴し、泣き続けていた子供たちがこの曲を聴いて泣きやみ、笑顔を見せたという。
この曲が本物であり、普遍的な力を持っているからなのだろう。
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素晴らしい番組だったのだけど、ひとつだけ残念だったことが。
番組の最後、羽生田丈史という人が「アンパンマンのマーチ」をバラード調にアレンジし、一青窈に歌わせていた。
まあ、最低ですわ。いい番組が台無し。
「大人っぽいアレンジ」「大人の鑑賞にも耐えうる」ということなのだろうが、これはやなせさんの遺志を理解していないと思う。節をこねくりまわしたからといって、気持は必ず伝わるわけではない。むしろ表面的で、白々しい感じがした。ぞっとした。
「アンパンマンのマーチ」の持つ力は完全にスポイルされていた。これでは子供にそっぽ向かれるだろう。