首里に住まう男

沖縄の古都、首里に移り住んだ関西人の表の顔

教育資金贈与信託(4)

このテーマの最終回。

正月にたまたま見た「教育資金贈与信託」。これにはなかなか感じるところがあった。最終回として、思ったことを書き残しておく。

税制改正されたのが昨年の3月29日。大手信託銀行は4月1日にこの商品を発売している。大手信託銀行以外の金融機関は商品開発に手間取り、参入が遅れた。

大手の信託銀行と税務当局の間に太いパイプが存在することを感じる。

この種の商品は、制度・法律の中身がすべてだ。法律や制度が改正されてから考えるのではなく、自らが望む法律と制度をプレイヤー(民間)自身が作り上げるというやり方。

率直に言って、当局自身が提供できるアイディアは限られている。価値のあるアイディアはプレイヤーによって見つけられることがほとんどだ。当局はプレイヤーからの投げかけを待っているといってもよい。国民の福祉向上のためには、政府と民間の二人三脚は不可欠だ。

もはや銀行業界は一枚岩ではない。個々の銀行が熾烈に争っている。今回は大手の信託銀行が一枚上手だった。当局に入れ知恵し、制度の骨格を作りあげた。細部まで練り上げるなかで、税務当局にとっての旨味も相当織り込んだ。プレゼン資料も美しく作り上げた。与党議員への説明の際、行員が同行したかもしれない。

そこまでやりきったから税制は改正され、改正から3日で商品は発売できた。勝利は必然だ。商品はスマッシュヒット。メガバンクや地元地方銀行としか取引のなかった優良顧客、信託銀行は彼らを取り込むことに成功した。

その他の銀行は追いつくだけで精いっぱい。いや、税制改正が明らかになってから動き出したのでは、制度・法律の形成過程をすべて知っている競争相手に追い付けるはずがない。形成過程に関与できるか、これが勝負を決める。

はたして、小さな地方銀行にそのような仕掛けが可能か、という話だ。これはどう考えても無理だ。質量ともに、当局と渡り合えるだけの企画力、交渉力を持つことは個別の地方銀行には不可能だ。

先発行が商品を発売し、その評判がいいことを新聞で読み、それから必死で法律を読んで商品設計し、システムを開発する。さすがにこれでは勝負にならないのではないか。メガバンクグループと小さな地方銀行との差は開くばかりだ。

いや、競争しているのはメガバンクグループではない、隣のライバル銀行なのだ、と。ああ、それはそうでした。失礼しました。

ならば、大手信託銀行が出したからといって、それがヒットしているからといって、そのまま真似した商品をだすのは安易にすぎるんじゃないか。限られた経営資源、乏しいシステム開発能力ならば、選択と集中の判断はよりシビアになる。事務は複雑で、リスクとコストに収益は見合わない。

そして何より、沖縄県は子だくさん、孫だくさん。相続税や贈与税に悩む老人は少数派だ。「県民のニーズにはそれほど合致しない商品」をメニューに加えることにどんな意味があるのだろうか。

うーん、これはなんだかデジャヴ(既視感)だな。バーゼル2で基礎的内部格付手法(FIRB)を目指した地方銀行に似ている。自分たちに本当に必要なのか、という視点を欠いた銀行が多かった。

横並びだけが目的となった背伸びは世の中のためにならない。地方銀行はまだそれに気がつかないのだろうか。
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さて今回の商品、税務当局にとってかなり美味しい設計になっている。

長きにわたり汗をかくのは銀行。教育資金の領収書を集め、支払い目的を精査するという作業はすべて銀行の仕事だ。当局は基本的に信託期間が終わるのを待つだけ。時々は銀行へ調査に出かけ、不備が発見されれば頭取を叱る。

しかも、信託契約が終了して残っている残高には簡単に贈与税を賦課することができる。教育資金は都度渡しが認められているから、基本的には手出しが難しかったはずなのに、捕捉できる可能性が高まった。

学習塾やピアノ教室への切り込みもできるようになった。月謝の支払い先の住所と名前を金融機関はガンガン集めてきてくれる。零細が多いこの業界、相当ビビっているんじゃないか。お気の毒さまです(苦笑)。

金融庁検査局も美味しい思いができそうだ。これだけ難しい事務。銀行が完璧にこなすのはまず不可能だろう。かならず事務ミスは発生する。少なくとも検査1巡目はかなりの指摘が出てくるだろう。銀行としたらタマラナイな。儲かるわけでもないのに。

ああ、それにしても。

なんか最近の銀行業界は、このような細かい縛りに振り回されているような気がする。金融円滑化にしても、反社対応にしても、個人情報保護にしても。

当局が仕掛ける小さな罠を避けるために、組織も人も神経をすり減らすという感じ。営業店は本部にビクビクし、リスク管理部と内部監査部は当局にペコペコする。

ああ、全くもってつまらないな。誰のためにもならない。昔働いた銀行は、もっとエキサイティングだった記憶がある。だからあの銀行は潰れたのかもしれないが、それでもつまらないよりもマシだ、わはは。

ワクワクした人生を送りたい。小さな地方銀行では、その願いを叶えるのは無理だった。