調律師、降臨
切れたその日の夜、インターネットで相談できそうな楽器店を必死で探した。
目に付いたのは○○楽器。まだ銀行に勤めていたころ、通りがかってフラリと立ち入ったことがある。店の奥にグランドピアノの試弾室があった。何となく信頼が置けそうな気がした。
ともかくメールで困っている現状を伝えた。エレクトリック・グランドの特殊な弦が切れた、大切にしてきた愛器なので、何とか力を貸してほしい。そう書いた。
翌日の昼、さっそく返事が届いた。「その楽器を扱える調律師がいる。確認したい点があるので、本人から直接連絡させる。」おお、もしかしたらキチンと復活するかもしれん。
電話はすぐにかかってきた。下から数えて29番目の鍵G♭が切れたと伝えた。実際にピアノの状態を確認してみたいとおっしゃる。「すぐいける距離なので、よろしければ今晩にでも確認させてもらいたいのですが。」と有難いお申し出。
クルマでいらっしゃったのは、ジャケットを羽織った落ち着いた風貌の調律師さん。リビングルームに入るやいなや「うん。これ、いいピアノですよね。」「購入されたのはかなり昔でしょう?大事に使ってらっしゃいますね。」そういいながら蓋を慣れた手つきで開けた。
「特殊なピアノですし、初めて弦を切ったので動揺しています。」「ああ、これは良く切れますよ。某ライブハウスではもう何本も張り替えてます。」
「え、このピアノは生産中止になって随分たつのですが、弦の在庫ってそんなに潤沢にあるんですか?」「ええ、ピアノの弦は今でも注文すればヤマハはすぐに作ってくれます。」
「へ、在庫があるのではなく、今でもオーダーメードで作ってくれるのですか。それって幾らぐらいするのですか?」「張り代・調整費を入れて1本8,000円ほどですかね。そんなに高くないですよ。注文して2~3週間で届きます。」
うれしすぎる。これからもずっとこのピアノは使い続けることができるのだ。
「切れたのはG♭の二本の弦のうち右のほうですね、注文のとき、右で左とでは長さが違うので指定しなければならないんですよ。大丈夫です、すぐ直りますよ。」そう言って蓋を閉めた調律師さん、「ちょっとチューニングし直したほうがいいですね。」
お恥ずかしい。ずっと調律するつもりでした。末永くよろしくお願いします。