首里に住まう男

沖縄の古都、首里に移り住んだ関西人の表の顔

戦争の歴史

帰省のバッグに入れた本は1冊。

結局いつもの「失敗の本質」だ。何回読み返しても、その度に学ぶところがある。気持ちに余裕があればあるほど、感じるところがある。

僕は自分の祖父に会ったことがない。両親はそれぞれ自分の父親を先の戦争で亡くした。悲惨な最後だった。残された者もみな苦しんだ。僕も祖父とじっくりと話してみたかった。その機会を奪われた。

なぜこんなことになってしまったのか。僕自身、これまでそれを知ろうとしなかった。それがわかるとは思わなかった。それを学ぶことができる、それについて思索することができると、僕自身これまで一度も考えたことがなかったのだ。

僕は高校では日本史を選択した。この科目は好きだったし、得意だったし、京大と一橋の二次試験対策までしたけれど、戦中史は歴代首相の名前を丸暗記した記憶しかない。大学の教養部でも、この時代に関する講義は開講されなかった。もしあったならば必ず受講していた。

近すぎて、生々しすぎて、本質的な議論することが難しいのだ。司馬遼太郎の筆をもってしても、先の戦争を描くことができなかったそうじゃないか。ノモンハン事件は彼の手にも負えなかったのだとか*1

なぜこんなことになったのか。この本、「失敗の本質」に出会うまで、自分の気持ちにすんなりと入ってくる説明を誰一人として与えてくれなかった。

この本との出会いは衝撃だった。背筋が寒くなった。日本人は、日本人が運営する組織は、時としてこのような道をつき進んでしまう。組織の運営者、すなわち「リーダー」は、多くの人間を不幸に陥れる道を選ぶことがあるのだ。

僕の二人の祖父を奪った先の戦争は、決して特殊な条件が重なって起こった事故ではない。起こるべくして起こった。だから、これからも容易に起こりうる。

そんなことを考えていたところ、元旦の朝刊を手にした。新年に当たっての天皇陛下のご感想の記事が。

  • 本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆,東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています。

あらゆる新聞やメディアがこのご感想を記事として取り上げた。見出しの多くは「歴史に学ぶことが大切」とあった。しかしこれでは伝わらない。学ばなければならないのは、一般的な歴史ではなく、「満州事変に始まるこの戦争の歴史」だ。

僕自身、今まで学ぼうとしなかったことを心から反省している。「失敗の本質」で啓かれた視点をもって、「日本人」「その組織」「そのリーダー」の弱さというものを、しっかり明確に自覚していきたいと思う。

*1:戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか 2014年度「知の巨人たち」第4回 二十二歳の自分への手紙~司馬遼太郎