首里に住まう男

沖縄の古都、首里に移り住んだ関西人の表の顔

教育資金贈与信託(2)

昨日の記事で評した教育資金贈与信託。愛称「みらい応援」。やはり今日から販売されたようだ。

行員さんもこれから長きにわたり、相当苦労するのではないだろうか。発売日にあたり、ポイントを書き残しておくことにしよう。

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■事務が極めて煩雑

教育資金贈与信託。銀行の事務的にいって、これはかなり手のかかる商品だ。

契約する際に、お金とハンコをおじいおばあが準備するだけではダメ。まず税務署に提出する「教育資金非課税申告書」の申込書。そして、孫(受益者)と祖父母(委託者)との関係を証明するための戸籍謄本または抄本もしくは住民票等。孫のハンコと本人確認書類。さらには孫の親権をもつ者(おそらくご両親)の印鑑と本人確認書類。これらが欠けることなく必要だ。これらをきっちり揃えるだけでも行員はひと苦労。

契約が完了し、無事に信託開始。その後に発生する「教育費の引き出し」の作業がこれまた大変だ。これは昨日の記事で記したとおり。受益者がこの口座から教育資金として引き出すためには、その目的で支払った旨の領収書等を銀行に提出しなければならない。銀行は領収書を確かめて、それを受け取り、資金を払いだす。領収書は現物をそのまま銀行で管理することになる。そうしなければ非課税とはならない。

昨日の記事では「おじいおばあ、ご両親、お孫さんはミスなくやり遂げられるか。それが問題だ。」と書いた。常識的に、自力では完璧にやり遂げるのは無理だ。つまりこの問題は、「銀行員がそれをきっちりとやり遂げさせられるか。」ということに他ならない。銀行の“遂行能力”が問われる商品なのだ。

商品パンフレットを読めば読むほど、銀行にとって厄介な商品だと感じてくる。なかでも「塾や習い事の費用」の取り扱いは難しい。

塾や習い事の費用もOKとされている。学習塾、スポーツ教育、文化芸術にかかる教室等への習い事等への支払い。正確には「学校等以外に対して直接支払われる金銭で社会通念上相当と認められるもの」とある。まず、この「社会通念上相当と認めらるもの」という線引き、シビアなところを誰がどのように判断するのだろう。

いちいち銀行の顧問税理士に意見を求めるのか?それともひとつひとつ税務署にお伺いを立てるのか。はたまた、問合せ先とされている「文部科学省高等教育局学生・留学生課法規係」に正面から照会するのか。

きちんとした全国規模の予備校ならともかく、個人経営の塾、英会話教室は正体不明のものも少なくないだろう。領収書の発行を拒む先もあるかもしれない。学生アルバイトの家庭教師への月謝はどうする?これらの領収書の正当性、その判断が銀行にできるのだろうか。

さらにこの「塾や習い事の費用」、制度上1,500万円のうち500万円までしか認められない。これらの費用が500万円の範囲に収まっているかどうかの見極めを銀行自身がやらねばならないとしたら。そうなると、もはや銀行の窓口担当者だけでは判断不能だ。

専用のシステムを開発しなければならないだろう。専用のプログラムを書き、行員用マニュアルを整備する。半期ごとの報告書も、残額について「正規の教育費分」と「塾や習い事分」の内訳を示してあげることも必要かもしれない。真っ当にやろうとすれば、このシステム導入は相当な負担となるはずだ。

行員向け研修も必要だ。この商品を販売できるのは今後約2年間、2015年12月末までだ。販売のための研修はもちろん必要だし、当然すでに実施されているだろう。しかし、銀行はこの煩雑な事務を今後約32年間の長きに渡り、正確に執行しなければならない。この研修、事務引き継ぎはぬかりなく実施される。ほんとにご苦労さま、である。


■契約満了時、贈与税課税の発生可能性が

この制度、信託終了時に問題(ツケ)が表面化することになると思われる。信託が終了するのは、孫が30歳になったとき、もしくは口座残高がゼロになったときだ*1

まず、30歳になっても贈与された資金を使いきれていなかった場合。使いきれなかった部分は贈与税非課税の例外は適用されず、(使いきれなかった資金から)贈与税を適切に納税することになる。まあこれは孫も、祖父母も、親権者(親)も納得づくだろう、銀行がしっかりと説明さえしていれば。

しかし落とし穴がある。「教育費以外で引き出した金額」が、「使いきれなかった資産」に合算されて贈与税の課税対象となることに細心の注意が必要だ。何年も何十年も前に引き出した資金が、実は贈与税課税の対象になっていた。30歳になって、信託終了時になって、初めて知るそれを受益者(孫)もいるだろう。

たとえばピアニストを目指したお孫さま。芸術系はとかくカネがかかる。小さい頃からピアノの教室に通っていた。芸大を目指して高名な先生に通った。見事に芸大に入って、学外の専門レッスンを受けた。もうあっという間に500万円は超える。教育資金だと思って口座から引き出していた分が、税務署から否認される。多額の贈与税が発生した。この贈与税、30歳になったお孫さんが納付しなければならない。

さらに、昨日の記事で書いた「1.事後払いのみ」か、「2.事前払いも可」かの違い。ここでもこの違い(区別)は重要になってくる。もし「2.事前払いも可」であれば、大きな落とし穴が口を開けることになる。

教育資金として用いたとしても、例えば大学の学費を支払った親権者が学費の領収書の提出を失念すれば、その分は非課税扱いにはならない。

そして、親権者の振る舞いにも注意が必要となる。もし領収書がなくても引き出しができるのであれば、「非課税扱いにならなくてもいい」ことにさえ納得すれば、この口座からの引き出しは自由になる。ここに危険な誘惑が生まれる余地がある。

想像したくないが、資金に困った親権者が、ついついこの口座に手を出してしまうことはないだろうか。これは実に悲惨だ。この口座はこっそり引き出すことはできるが、こっそり入金することはできない。引き出した額はそのまま、受益者(孫、親権者の子)の贈与税課税対象となる。

受益者である孫は、親権者が必要な小さな小さな子供だ。引き出されたことはわからない。それが明らかになるのは遅ければ30歳になった時だ。より正確にいえば、明らかになるのは信託が終了し税務署から税金の振り込み用紙が届いた時だ。

容赦なく納税義務は発生する。ええ、もちろん納税しなければならないのは、贈与を受け信託受益者だったお孫さん、あなた自身です。たとえこの口座に残高がわずかしかなくても、ご自身の資産、ご自身の収入からお支払いください。

いずれにせよ、信託終了時の贈与税課税を巡っては税務当局、委託者(おじいおばあ)、受益者(孫)、親権者、銀行の間でシビアなやり取りになる可能性はある。ああ、せっかくのおじいおばあの善意が。これは何とも悲しいことだ。

契約したのは2014年。もう何十年も前のこと。領収書を徴収し忘れたのも十何年も前のこと。「当時の行員はもう退職しております。申し訳ありません。」といって頭を下げるのは、203x年に入行した若い行員だ。こんな制度、こんな商品が作られたときには、まだこの行員は生まれていなかった。。。

こんな風景をついつい頭に浮かべてしまう。罪のない行員を泣かせてはいけない。


■口座から事前に引き出せるかどうかはとても重要

今回の特例措置、改正された内容を読むと、教育資金の非課税以外にも節税メリットがありそうな気がするのだ。(以下の内容は、税務署や税理士等の専門家にご確認を!)

平成25年5月31日の政令改正で、信託終了時に贈与者が生存しているか否かにかかわらず、信託終了時(残高がゼロになったとき、受贈者が30歳になったとき)には「特例贈与財産」として低い税率区分が適用される旨が明記された。 「特例贈与財産」は、直系尊属から20歳以上の者への贈与。通常の贈与税率(一般贈与財産としての税率)よりも低い税率区分が適用される。未成年の小さな孫、ひ孫に贈与するのであれば、節税メリットをとれる可能性がでてくる。

この制度では、受贈者(孫)が「教育資金支払後口座引出し方式(1.事後払いのみ)」か「前払い・後払い併用方式(2.事前払いも可)」を申込時(教育資金管理契約の締結時)に選択できるとされている。これは昨日の記事でも書いた。

上記の節税メリットは、2.の「前払い・後払い併用方式」を選んだ場合、より大きくなる。「前払い・後払い併用方式」であれば教育資金以外の目的の引き出しも可能だからだ。

細かいことだし、このような利用というのは邪道かもしれない。しかし、この制度で「教育資金支払後口座引出し方式(1.事後払いのみ)」を選ぶか、「前払い・後払い併用方式(2.事前払いも可)」を選ぶかで、税制メリットに差が出てくるというのは確かだろう。

「1.事後払いのみ」と「2.事前払いも可」の差は、商品性を検討する上で無視できないと思う。個人的には「2.事前払いも可」の方が金融商品としてのポテンシャルは高いと思う。「領収書付きの教育資金以外」は絶対に引き出し不可、解約も不可、30歳まで塩漬け、というのはちょっと勘弁だ。

もちろん、「1.事後払いのみ」という方法に価値を見出す人もいるだろう。「教育資金にだけ使ってほしい、他には絶対使ってほしくない」という祖父母の気持ちは尊重すべきだしね。いくつかの銀行の商品を見てみたが、1.だけ、あるいは2.だけという商品もあるし、1.と2.が選択可能という商品もあった。

沖縄銀行の「みらい応援」は、この部分が不明確だ。パンフレットを読む限り、「1.事後払いのみ」だと推測できる。しかし昨日も指摘したように「2.事前払いも可」と解釈せざるを得ない部分もある。

この違いは重要な点だ。もし契約することになれば明確にしてもらおうと思っている。

「なぜ自分の名義の口座なのに、自分の財産なのに、解約もできないんだよ!そんなの契約書のどこに書いてるんだよ!」と支店の窓口で大きな声を上げる20代の若者が現れないことを願う。


■利益の割にコストがかかる

そこまで苦労して開発すべき商品なのか。そんなに儲かる商品なのか?

この商品、信託報酬が銀行にとっての直接の利益だ。信託報酬は運用報酬と管理報酬から構成される。この商品“みらい応援”の運用報酬、プレスリリースによれば、既存商品である「合同運用指定金銭信託・“ゆとり”」と同じだと推測される*2

管理報酬は無料。これも“ゆとり”と同じだ。こんなに事務手続きは大変で、何年も何十年もの間、行員が神経をすり減らしても管理報酬は無料。

さらに一部払い出しにかかる解約手数料。“ゆとり”では1000円につき6円かかるところ、なんと“みらい応援”では無料にした。これは太っ腹ですね。5年満期で運用して、途中で払い出しても手数料なし。中途解約リスク、金利リスクは全部銀行が負うよ、と。

つまりこの“みらい応援”、従来の合同運用指定金銭信託“ゆとり”に比べると、明らかに儲からない商品であるといえる。収益性はどうみても低い。自行に預けられた定期預金をこの商品に移した場合、銀行にとっての儲けは明らかに小さくなる。銀行側がひと肌も二肌も脱いだ、ある意味で“慈善事業的”な商品だ。

なんと素晴らしい心構え。銀行にとって収益は二の次ということ。


■単品ではなく、セットで扱うべき商品

「でも本土の大手信託銀行は、ほぼ同じ商品を取り扱っているのでしょう?しかも売れているのでしょう?それはなぜなの?」

お答えしましょう。本土の大手信託銀行がこぞってこの商品を手がけたのには理由がある。目的は富裕層の囲い込みだ。

この「教育資金贈与信託」商品、この商品の単品売りでは儲けは出ない。セット販売ができて初めて儲かるのだ。初めてトータルな金融サービスが提供できるのだ。

贈与と相続は大きく深い問題だ。相続税に悩むような資産家の場合、それはなおさらだろう。資産家にとっては、預金だけでなく不動産も有価証券もすべて相続、贈与の対象であり、次世代への引き渡し方は大きな関心事だ。

「教育資金贈与信託」は、あくまでもツールの一つだ。これだけで相続、贈与の問題は解決できないし、解決できるはずもない。

大手信託銀行、メガバンクグループは、多くのツールを持っている。信託業務に限っても、土地信託、遺言信託など。さらには関連会社による不動産販売等々。これらのツールを組み合わせて、相続や贈与の問題を総合的に解決していく。

三井住友信託銀行は、この教育資金贈与信託のお問い合わせ事例を掲載している。とても興味深い。「教育資金贈与信託」は顧客の関心を引き付けるための商品だということが分かる。この商品を入口にして顧客の全て資産状況を把握する。顧客の意向に向き合い、遺言という方法も使いつつ、不動産を含めたトータルの相続、贈与イメージを形作っていく。そして実際に相続が実施される日まで、顧客と長く深く付き合っていく。

ここまでできて初めて、教育資金贈与信託は意味を持ってくる。逆にいえば、ここまでできない金融機関はこの商品を扱うべきではない。僕はそのように思う。とても難しい商品なのだ。投資信託や年金・保険の比ではないほど、難しい商品なのだ。

そこまでの覚悟があったのだろうか。

*1:受益者(孫等)が死亡した際にも信託は終了する。

*2:プレスリリースには「予定配当率:5年もの:0.20%」と注記がある。これは合同運用指定金銭信託“ゆとり”の予定配当率と同一のため、ここから運用報酬も同一と推測した。