首里に住まう男

沖縄の古都、首里に移り住んだ関西人の表の顔

教育資金贈与信託(1)

沖縄銀行のホームページを見たところ、明日1月6日に新商品を出すそうだ。教育資金贈与信託。愛称は「みらい応援」。

「どれどれ」と正月にパンフレットのPDFを眺めてみたが、いやいや、これはかなり罪作りな商品でしょう。相当覚悟して契約しないと、顧客も困るし行員も骨が折れるはずだ。

うーん、これは沖縄ではなかなか浸透しないんじゃないかな?無理にこの商品を勧めると、悲しい思いをする家庭をたくさん生み出してしまうかも。なぜか。

善良な沖縄のおじい、おばあが悲しい思いをしないように、ここにヒントを書いておく。僕は真の沖縄想いだから。
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教育資金贈与信託は、大手の信託銀行ではもう半年以上も前に開発、発売されている。本土でかなりヒットしている商品だ。その記事は新聞でもちょくちょく見かける。

この商品は、平成25年度税制改革で整えられた時限措置「教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置」に対応している。この措置、ひとことでいえば、教育のための資金を子や孫に贈与する際、1,500万円までは贈与税が課税されない、そういう特例が平成27年末まで認められるということだ。(くわしくはこちら


■「贈与税に悩む」のは、孫の数が少ない富裕層だけ

そもそも普通に生活している分には、贈与税を節約しようと躍起になる必要はない。余命がとても短いというお気の毒な状況であれば別だが、通常の制度における基礎控除額、非課税分で十分対応できるように思う。父母ならば扶養家族に対する教育費は非課税だし、祖父母であっても次のような場合は非課税だ。(正確な情報は税務署、税理士に必ずご確認を!)

  • 年間合計が110万円以内(基礎控除)。
  • 教育費や生活費などの家族間での都度渡し。
  • 社交上必要と認められる祝い金。
  • 住宅資金の贈与。今年は省エネ・耐震住宅1,200万円、それ以外700万円。


本土でヒットしているといっても、東京や横浜、京阪神といった大都市圏が中心だ。相続税対策に悩むような資産家がそれだけいるということだろう。

本土では少子化が進んでいるという事情もあろう。法定相続人が少なければ少ないほど、相続税基礎控除額は小さくなる。「祖父母4人、子2人、孫1人」という家庭が少なくないとも聞く。こういう状況では、孫に直接贈与するという選択肢の価値は高くなる。

沖縄。当地はまだまだ子だくさんだ。ひと組の祖父母夫妻に子供が4人、孫が全部で12人という家庭も珍しくない。

贈与税、相続税を節約したい、と心底悩む富裕層も沖縄には存在する。しかし大多数の世帯は、贈与税、相続税の支払いに悩むような状況にはない。これは確かだ。


■教育費は「それほど」かからない

普通の家庭おいて、教育費は大きな支出だ。かなりかかる。しかし、沖縄銀行のパンフレットに記されている「教育費の目安」には誇張がある。不当表示といってもよい。

幼稚園から大学まで

  • 1,185万円(すべて国公立の場合)
  • 2,645万円(すべて私立の場合)

これを見て、沖縄のおじい、おばあは驚く。国公立ばかりを進んでもそんなにかかるのか。それなら1,000万円は必要だな、と。

しかし、教育費だけだとそんなにかからないんやよ。ご心配なく。

うち大学(下宿)4年間

  • 683万円(国公立:学費+生活費)
  • 945万円(私立:学費+生活費)

平成25年度の国立大学年間授業料は535,800円。入学料は282,000円。(くわしくはこちら)つまり4年間合計は243万円だ。683万円との差額の440万円は下宿代などの生活費ということになる。

注意してほしい。この生活費は、今回の時限措置「教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置」の対象外だ。下宿家賃の領収書を見せても、特例措置上の非課税分としては口座から引き出すことはできない。

この生活費分を含めてパンフレットに記すのはフェアじゃない。すべて国公立の場合は1,185万円ではなく「745万円」と表示すべきだ。ちょっとこれはひどいね。


■複雑な商品説明文

この商品、契約手続きもなかなか大変だが、資金の引き出し方も相当ややこしい。パンフレットにはサラリと以下のように記されている。

お孫さま等から教育資金として支払った旨の領収書等を、払い出し時にご提出いただきます。領収書等の有効期限は、記載された日付から1年後の日となります。その日までにご提出いただけなかった場合は、贈与税の課税対象になります。

難解だ。何回読んでも理解できない。

受贈者(孫)が銀行に領収書を提出するというのはわかる。領収書の有効期限が1年ということも分かる。

「払い出し時」に提出するとある。口座から資金を引き出すときに領収書を提出する。これは「領収書がなければ口座から引き出せない」ということなのだろう。「領収書の金額だけが引き出せる」ということなのだろう。そう読み取らざるを得ない。この商品は租税特別措置法施行令の定義でいえば「教育資金支払後口座引出し方式」と判断できる。

とすると次が訳わからない。「その日までにご提出いただけなかった場合は、贈与税の課税対象となります。」とある。課税対象となるのは、領収書を期限内に提出しなかった学費(=教育資金)ですかね?いやいや、その場合でも課税対象にはならないでしょう?そもそも口座から資金が引き出せないのだから。翌年以降、信託終了時までに教育資金として残高全額引き出せば、贈与税の課税対象にはならないぞ。

「口座からの(領収書なしでの)事前の引き出しが可能」なのであれば、すなわち、措置令の定義でいうところの「前払い・後払い併用方式」が選択可能ということであれば話は別だ。期限内に領収書を提出しないと事前の引き出し分は確かに贈与税の課税対象になるでしょう。

しかし、この商品「みらい応援」は口座から資金を引き出す時には“必ず”領収書が必要なんですよね??うーん、どうしてもわからない。

僕が契約するならば、まずここを沖縄銀行に明確にしてもらう必要があると思っている。

  1. 領収書がなければ引き出しができないのか(教育資金支払後口座引出し方式・事後引き出しのみ)
  2. 領収書がなくても引き出しができるのか(前払い・後払い併用方式・事前引き出しも可能)

1.であればパンフレットの「その日までに~贈与税の課税対象になります」の部分を、2.であれば「領収書等を、払い出し時にご提出いただきます」の部分を、それぞれ訂正してもらったほうが誤解を生まないと思う。

「1.教育資金支払後口座引出し方式」と「2.前払い・後払い併用方式」が選択可能という商品なのかもしれない。だとすれば、それは明確に記すべきだ。この制度、受贈者(孫)とその親権者は契約時にしか方式の選択ができない。重要な選択なのだから、銀行としては明確に違いを説明し、悔いのない選択を促す必要があると思う。どうだろうか。


■煩雑な立て替え払い

もし「1.事後引き出しのみ」という形をとり、そのやり方を厳格に運営するのであれば、お孫さんはかならず一旦立て替え払いをしなければならないのではないか?

領収書を提出してから当該口座から資金が引き出されるのであれば、いったん別のところでカネを用意して領収書を発行してもらわなければならない。

具体的に考えてみよう。お孫さんは見事に国立大学に合格した。入学金と半期の授業料55万円分をいったんどこかの口座から捻出(立て替え)して大学に支払う。領収書をもらう。その領収書の現物を沖縄銀行の支店に出向く。窓口で手続きをして、この“みらい応援”口座から教育費として引き出す。引き出したお金を最初に捻出(立て替え)した口座に戻す。

しかも領収書の有効期限は、記載された日付から1年間しかない。もし手続きが1日でも遅れれば、贈与税の非課税メリットは水泡に帰す。

領収書はコピーは不可。現物を銀行の窓口に持ち込まねばならない。現物を紛失したら、もうそれでおしまい。東京や京都に行った孫は、その大切な領収書をきっちりと沖縄に送付できるのだろうか。送られてきた大切な領収書を、おじいおばあ、もしくはご両親は忘れることなく銀行窓口に提出できるのだろうか。

これが基本的に半年ごと繰り返される。孫が卒業するまで、何年にも何十年にもわたって。これをおじいおばあ、ご両親、お孫さんはミスなくやり遂げられるか。それが問題だ。

せめて沖縄銀行の窓口で、振込、領収書(振込証明書)の発行、口座からの引き出しが三位一体で同時に完了できるといいのだが。そうすると孫、祖父母、親権者(親)の負担は相当小さくなると思う。もしこのやり方がOKというのであれば、パンフレットにその旨を明確に示したほうが親切だろう。

それにしてもなかなか悩ましい。お孫さん、親権者(ご両親)が本土に引っ越して、祖父母だけが沖縄に残るとなれば本当に大変だ。祖父母が亡くなったら、さらにさらに大変だ。もしそうなった時、銀行はどうやって対応するのだろうか。うーん、想像しただけでも恐ろしい。


■「贈与」は怖い

まだまだ“がんじゅう(沖縄方言で頑丈、元気)”に生きるぞ、と考えているおじい、おばあ。そんな彼らに「時限措置ですよ、今だけですよ。」「かわいいお孫さんのために」という甘い言葉で「生前贈与」を急がせるのは、はっきりいって罪だと思う。なけなしの蓄えであれば、なおさらだ。

というのも。この特別措置を利用して預け入れた資金は、贈与だ。これはとても重要なポイントだ。

贈与した資金は、もう自分のものではない。所有権は孫に移ってしまうのだ。つまり、もうおじい、おばあは通帳とハンコを持って銀行の窓口に出向いても、自分自身では引き出すことは一切できない。

これは考えようによっては恐ろしいことだ。なにか突然の入り用が生じたとき、もうこの口座に入れてしまったお金をおじい、おばあは自分の意志で引き出すことはできない。究極の固定化だ。生意気になった孫に暴力を振るわれても、もうこのおカネは孫のもの。

そんなワルは沖縄にはいない?確かに。じゃあ、とても孝行なこの孫、おばあが難病にかかって「お金を治療のために使いたい」となったとき、どうなるか。

制度上、「1.事後引き出しのみ」を選択したらもう無理だろう。もしかしたら、例外的に引き出せるのかもしれない。パンフレットには「教育資金以外の目的で払いだされた金額と信託終了時の残高を合計した金額が信託終了時に委託者から贈与があったものとして贈与税の課税対象になります」とあるからだ。その場合、孫が引き出せたとしても、その治療費は贈与税がかかる対象の資産から支払われたということになる。厳しいな。

そう、節税商品なのだから厳しいのは当たり前だ。よっぽどの余裕資金をもつ富裕層でなければ、安易に手を出してはいけない。「孫のために、毎月少しずつ貯金をしてあげる。学資保険の保険料を出してあげる。」という気分でこの商品を契約すると、何年か先、何十年か先に家族みんなが頭を悩ませることになりかねない。

かわいい孫のためなら、孫のことを思えば、教育費は「都度渡し」がいいんじゃないかな。頑張ったね、といってお祝いを渡す。頑張れよ、といって入学金を出す。頑張ってるね、といって授業料を振り込む。僕自身としてはそういうのが理想なんだが。ドカッと一括贈与するよりも、されるよりも。

いやはや、悩ましい商品だ。契約をする場合には、銀行の窓口でしっかり説明を受けてもらいたい。いや、むしろ銀行で契約する前に、一度はきっちりと税理士さんに相談するべきだろう。