首里に住まう男

沖縄の古都、首里に移り住んだ関西人の表の顔

剽窃/STAP細胞

小保方さんには、きっちりと振り出しに戻ってもらいたい。

STAP細胞論文をめぐる問題について、僕の中では2月中旬に決着済みだ。もうこれには興味はない。

決め手となったのは、他研究者の論文からの文章剽窃だ。今回の論文*1の中で、ハイデルベルグ大Guo氏らの論文*2の文章を剽窃していたことを知った。

ごく一般的な実験、その手法を示した部分だという。「誰が書いても同じになる。だから問題ない。」そういう論者もいた。この分野の論文としてはよくあることで、本質的な瑕疵にはあたらないのかもしれない。

OCRでテキスト化したPDFだったので、コピペすると塩化カリウム(KCl)であるべきところがKC1という意味不明の文字列になっている。思わず笑ってしまった。何人も共著者がいるのに、だれ一人としてチェックできていないとは。しかしこれも、この分野の論文としてはよくあることなのかもしれない。
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どんな気持ちで、コピペしたのだろう。ただ、それが気になった。

20年近く前、恩師と初めて共同論文を書いた時のことを思い出す。当時の僕は恥ずかしいことに、まだ引用の作法が完全に身に付いていなかった。本質的でない導入部分で、軽い気持ちである文献から移し書きをした。

「反省を求めます」と題されたメールが送られて来た。

メールは「強いクレームです。」という一文で始まっていた。厳しく叱られた。

貴君の第3節の原稿のうち、(略)という記述は、『---(略)---』からの完全な抜粋です。しかるに、それからの引用である旨がまったく分からなくなっています。注は、その前の<---(略)--->というところに付いていて、上記部分にはかかっていません。注が付いている部分も、括弧でくくられていないので、数字だけの出所かのような印象を与えます。


これでは、盗用と指弾されかねません。学生のレポートとは違うのですから、著作権ということにもっと正当な配慮を払って下さい。


危うく、これをそのまま採用してしまうところでした。


他にもこのように、無断引用になっている箇所がないかどうか、厳密にチェックして至急知らせて下さい。くれぐれも私の研究者としての信用を失墜させるような手抜きはしないで下さい。

今でも大切にこのメールは残している。先生に本気で叱ってもらえたのは、この時だけだ。

この時から僕は変わった。引用について、時間をかけて真面目に作業するようになった。他人の文章について、真剣に配慮するようになった。

どこまでが他人の業績でなのか。他人の成果を正確に記載しない限り、自分の成果を証明できない。これが研究者としての基本なのだと、遅まきながら学んだ。

他人の成果と自分の成果を区別すること。自分が世の中に貢献する(contribute)ためには、まず他人の成果を尊重(respect)しなければならないということ。

思うに、これは研究者に限られた原則ではない。職場でも、ビジネスの場でも、十分あてはまる話ではないだろうか。この感覚が共有された関係、社会は、どれだけ前向きで生きやすい世界だろう。

学問をするということは、学ぶということは、この原則を身につけるということではないか。インターネットが普及し、コピペが濫用される今だからこそ、引用の正しい仕方を教えることが教育機関の重要な役割になると思う。

他人の成果をきちんと尊重できる人間が教養人。今も昔も、それは変わらない。

貴君の「おわりに」の部分の原稿は、よく書けていて、ほとんど手直しをしないでも済みました。それで、本当はほめようと思っていたのですが、上記の件が見つかったので、台無しです。

恩師からのメールは、このように締めくくられていた。いま読んでも、胸が熱くなる。いい先生に出会うことができて、僕は本当に幸せだったと思う。
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早稲田だかハーバードだか知らないが、どんな教育を受けたのだろうと思わせるような引用だけはしてはいけない。他人の成果をきちんと尊重できない人間には、Ph.D.はおろか、学士号でさえ授与されないはずなのだが。

気概のある、Think differentを地で行く素晴らしい研究者だと感じた時期もあっただけに、今回の顛末は何ともやるせない。

信じる課題の研究はぜひ続けてもらいたいとは思う。ただし、理化学研究所以外の場所で。教養の欠けた人間に、これ以上税金がつぎ込まれるのはどうにも納得がいかない。

小保方さんには、きっちり振り出しに戻ってもらいたい。もちろん、学部への入学から。

*1:"Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency", Nature 505, 641–647 (30 January 2014) 

*2:Guo J., Jauch A, Heidi HG, Schoell B, Erz D, Schrank M, Janssen JW.,"Multicolor karyotype analyses of mouse embryonic stem cells.In Vitro Cell Dev Biol Anim". 2005 Sep-Oct;41(8-9):278-83.