首里に住まう男

沖縄の古都、首里に移り住んだ関西人の表の顔

あんず食堂の閉店

今日、あんず食堂が閉店。

数日前、「よし、今日はあんずのテビチを食べよう。」と思い立ち、いつもと同じように訪店。しかし、入口に張り出されたお知らせに目を疑った。

お客様各位へ


あんず食堂は平成二十六年二月二十八日(金)をもちまして、都合により閉店することになりました。閉店当時より三十一年と四ヵ月ご愛顧頂き、誠にありがとうございました。


従業員一同深く感謝申し上げます。

店主

明らかに動揺している自分がいる。ウソだろう?

西町のテビチの名店、「嶺吉食堂」が閉店した時も、実は落ち着いていた。さびしいけどいいや、僕は「あんず食堂」で食べれるから。そう思っていたからだ。

本当に好きなのは「あんず食堂」のテビチ。本当に、本当に美味しいのだ。
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てびち汁650円。その魅力は筆舌尽くし難い。

コラーゲンの塊ともいうべき皮の部分は、手のひら程もある巨大さ。でろーん、としたグロイ姿とは対照的に、その味は想像を絶する上品さだ。口の中でトロリと溶けていく独特の食感。もちろん脂っこさは全くない。

小さな骨も大きな骨も、それぞれに食べる楽しみがある。小さな骨には軟骨のゼラチン。軟骨もトロトロに煮込まれている。1ミリたりとも食べ残せない、そんな気分になる。口の周りはゼラチンでベトベトだが、そんなことはお構いなしだ。

大きな骨には、髄がたっぷり詰まっている。お行儀は悪いが、ストローやホースのように骨をくわえる。ズズズーッと吸い込むと、ツルリと髄の部分が口の中に飛び込んでくる。おお、こんな旨いものがあったのか。

あんず食堂のテビチには、赤身の部分もたっぷり入っている。ホロホロと口の中で繊維がほぐれていく。見た目はラーメン二郎のほぐしチャーシューに近いかも。しかし、その味は化学調味料とは一線を画す、上品な昆布だし味だ。実に美味いです。

野菜ももちろんたっぷり入っている。基本は大根。それから昆布。供される直前にレタスの葉が数枚添えられる。シャキシャキ感を残しつつ、少し熱でしんなりした絶妙のバランス。身体にいいものを食べているという幸福感に満たされる。
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てびち汁のほか、テビチそばというバリエーションもある。これがまた美味い。

麺はかの「照喜名そば」を使用。てびちを食べるのに時間がかかる。軽く縮れたもっちりとした照喜名の麺は、時間が経っても全くへたれない。へたれないどころか、その麺に最高のだし汁が染み込み、絡みつく。

テビチをしゃぶり尽くして、麺をうなりながら食べて、おつゆを全部平らげて。これで600円。こんな完全食が他にあるだろうか。
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今日で最後だ。さようなら、あんず食堂。

開店から31年と4ヵ月。3年通った僕でさえ、これだけの喪失感なのだ。もっとショックを受けているお客さんはたくさんいる。

オジサン、オバサン。ひとり者、家族づれ。老若男女問わず、ひっきりなしにお客さんはやってくる。

7時過ぎに来たお客さん、「テビチは売り切れたのよ。ごめんね。」といわれ、茫然としている。僕のテビチが最後のロット、最後の一皿だったらしい。僕の思いは通じたとはいえ、なんとも申し訳ない。

大きなお鍋を抱え、予約していたテビチを持ち帰るおばさんがいる。「またどうして、こんなに突然に?」とお店の奥さんに訊ねている。

隣のテーブルに座った20代前半と思しき若いカップル。ガテン風の仕事着の彼氏がポツリとつぶやいた。「あんずが無くなると、淋しい。」

他のテーブルでは、オッサンたちがテビチを黙々と食べていた。そしていつものように温いお茶を飲み、ひとしきり琉球新報を読んでから、何もいわずに店を出て行った。

「今月が保健所の認可更新だから。」奥さんはそう言っていた。「設備も古いし、消費税も上がるし。」

テビチの仕込みは重労働だ。厨房の担当はおばあさん。身体もきつかったのかもしれないな。悲しいけれど、淋しいけれど、仕方がない。

美味しかったです。今まで本当にありがとう。
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お店を出て、写真を撮った。

看板を照らすのは、普天間基地の妖しいオレンジ色の灯り。

沖縄を見守ってきた名店がまた一つ消え、そして歴史が一つ書き加えられた。

お店の前で、さっきのオッサンがゆっくりと煙草を吸っていた。名残を惜しむかのように。