首里に住まう男

沖縄の古都、首里に移り住んだ関西人の表の顔

本庁検査

この週末にかけて、スルガ銀行に対して検査予告*1がなされたようだ。所轄の東海財務局ではなく、金融庁本体による検査だ。

この情報は公開されている。金融庁ホームページの「金融庁が検査実施中の金融機関」にアクセスすればよい。地方銀行の場合、そのページの底にリンクが張られている「財務局等が検査実施中の金融機関(地域銀行、信用金庫、信用組合等)」から辿るのが一般的だ。

今回、スルガ銀行にシステムを主要ターゲットとした検査が入る。おそらくそうだと思う。スルガ銀行が入れ替えを進めている勘定系システム、その稼働が2014年1月に予定されていることは、各種報道等で明らかになっていたからだ。

勘定系は銀行の中でも最も重要なシステム、人間の身体でいえば脊髄のようなものだ。重要なシステムの変更がある場合、金融庁はその稼働を前に当該システムの検査を行う。担当するのは優秀な金融庁職員の中でも特に情報通信技術に通じたエキスパート達だ。彼ら精鋭は霞が関コモンゲート、金融庁本庁に本拠を置いている。

地方銀行に対する検査の場合、通常は所轄の地方財務局が行う(いわゆる一般検査)。一般検査であってもシステム部門の分析については本庁からスタッフが少数だが動員されることもある。

一方、システムを主要ターゲットとした検査の場合、本庁のウエイトが特に大きくなる場合には、(地方財務局ではなく)本庁検査となることがあるようだ。

そしてこの検査の実施、「システム稼働予定日の半年前」というのが業界の常識とされる。だからスルガ銀行に今回、このタイミングで金融庁本体による検査が実施されるというのは、報道をつぶさに見ていた人なら十分予想できたことだった。

金融庁のシステム検査は、いわば稼働に向けた最終試験だ。システム開発と内部検証は完全に終わっているはずだ。この最終試験に到達するまでには、当事者による血の滲むような努力があったはずだ。例えるなら、志望校の入試前夜の受験生の心境。必要な勉強はやり終えた。過去問もすべて解いた。センター試験もそつなくこなした。もちろん足切りラインは十分クリアしている。後は明日、受験会場で戦うのみ。銀行とベンダーは今、まさにそんな心境だと想像する。
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スルガ銀行が採用した勘定系システムは日本ユニシスのBankVision。導入に向けた開発が始まったのは2010年の中頃といわれている。時系列でいえばこうなる。開発開始から稼働まで3年半かかっている。


この3年半というスパンは標準的といえる。いや、この評価は正しくない。“計画としては標準的だけど、もし本当に計画通りに3年半遂行できたなら、それは相当スゴイぞ”というべきであろう。勘定系システムの更改という大プロジェクトは計画の延期を余儀なくされることが少なくない。むしろ、多くの場合延期は起こる。だから今回、ユニシスと開発を開始してキッチリ3年で金融庁検査を受ける段階に到達したスルガ銀行、本来は彼らのプロジェクト運営能力を“相当スゴイぞ”と高く評価されてしかるべきである。

…持ってまわった書き方をしてしまった。そう、ご存じのようにスルガ銀行は、勘定系システムの更改における苦闘を続けてきた。しかも以前の開発ベンダーとの間の戦い、日本IBMに対する損害賠償請求裁判は、いまだ継続中である。

日本IBMとの間で進められていた勘定系システムの更改、時系列は概略以下の通りである。

  • 2004/ 9  基本合意書
  • 2005/ 9  最終合意書
  • 2006/11  稼働延期を決定
  • 2007/ 5  開発中止
  • 2008/ 1  (当初の稼働予定)
  • 2008/ 3  東京地裁に提訴
  • 2008/12  (延期後の稼働予定)
  • 2011/10  結審
  • 2012/ 3  地裁判決
  • 2012/ 3  IBMが控訴


基本合意書が交わされ、プロジェクトが華々しく始まったのが2004年の9月。プロジェクトの稼働予定はここから約3年半後の2008年1月だった。しかし実際は、基本合意から約2年しか経たない2006年11月時点で、稼働予定は2008年12月へと約1年延期される。そして2007年5月。基本合意から約2年半、稼働延期決定からわずか半年でプロジェクトは中止された。プロジェクトの(当初)稼働予定日を約2か月過ぎた2008年3月6日、ともに完成を喜び合うはずだった日本IBMに対し、損害賠償の請求訴訟を東京地方裁判所に提起することになる。悲惨な歴史である。

銀行にとって勘定系システムは脊髄である。生命線である。安定したシステムを構築・運営し、安定した決済サービスを提供することができなければ、銀行として社会に存在することができない。現行システムの耐用年数の限界も近付く中、ユニシスとの開発は対IBM訴訟の審理中に開始された。

ユニシスと対IBM、2つの時系列を重ねてみよう。

  • 2004/ 9  基本合意書
  • 2006/11  稼働延期を決定
  • 2007/ 5  開発中止
  • 2008/ 1  (当初の稼働予定)
  • 2008/ 3  東京地裁に提訴
  • 2008/12  (延期後の稼働予定)
  • 2010中頃 ユニシスと開発開始
  • 2011/10  結審
  • 2012/ 3  地裁判決
  • 2012/ 3  IBMが控訴
  • 2013/ 8  金融庁検査
  • 2014/ 1  稼働予定


審理が進み、結審し、そして画期的と言われる1審判決が出されるなか、開発は粛々と続けられていた。世のシステムや銀行経営に携わる多くの専門家が、裁判の帰趨を固唾をのんで見守っている。その控訴審審理中に受ける今回の金融庁検査、だ。

僕自身、システム開発の大変さ、難儀さを銀行員として体感した経験がある。だから「スルガ銀行」のこれまでの苦労が報われることを願う。スルガ銀行においてこれまで歯を食いしばり頑張ってきた行員、システム開発やシステム監査に携わった一人一人の縁の下の苦労が報われることを願うのだ。IBMとプロジェクトを立ち上げてから、実に9年もの時間が経過しているわけだから。

システム、どうか無事に稼働しますように。

*1:金融庁ホームページ「検査情報受付窓口・金融庁が検査実施中の金融機関(平成25年8月21日現在)」より。