首里に住まう男

沖縄の古都、首里に移り住んだ関西人の表の顔

妹夫婦のお店

ブログを書き始めたことを関西に住む家族に知らせたところ、さっそく妹から反応が返ってきた。

ブログ拝見させていただきました。
お店、今日と明日の二日間で工事してます。
200万以上かかる結構大層な工事です。。

これが全文。なんとも愛想ないが、元気にお店をやっているようで安心した。

お店というのは、自分たちが経営する中華料理店である。結婚してから神戸に住んでいた妹夫妻は、一年と少し前に念願だった自分たちの店を開店した。商店街のはずれにあり、最寄駅を一つに決められないようなちょっと不便な場所だったけれど、ご主人の夢だったオープンキッチンと、おそらく妹の夢だったのだろうアジアンリゾートテイストのカフェ風内外装は、身内びいきを割り引いたとしてもキラキラと素敵だった。

地元の人々にかわいがってもらっているらしく、おかげさまでまだ店はつづいている。いや、続いているどころか、最近はびっくりするほどの繁盛ぶりのようだ。母の情報によれば、某飲食系ランキングサイトの上位になって表彰を受けたとか。ネット検索すると「評判の新星」だの「わざわざ足を運ぶ価値のある店」だの、なんともすごい状況になっている。

一昨年の冬、祖母が亡くなったお通夜の席で、当時雇われシェフをしていた義弟とじっくりと話した時のことを覚えている。「お兄さん、やっぱり俺、自分の店を持ちたいねん。」義弟は確かに料理の腕は確かなのだが、「経営」とか「マーケティング」とかいった世界とは対極の世界に生きる職人気質な青年だった。「どんな場所に店をだしたいか」「キャパは何人ぐらいにするか」といったことにはほとんど興味がなく、「旨い料理をたっぷりだしたいねん。」「あの名店の料理を、半分の値段で食べてほしいねん。」というスタンスだけが終始一貫していた。格付機関でアナリストをしていた当時の僕は、「○ちゃん、店を出す前に一度じ~っくり話あおうや。それじゃ、ぜったいに銀行からおカネは借りられへん。。。」という話(説教?)をした記憶が残っている。

…当時の僕は間違っていたと思う。愛される店になるには、確かな腕を磨いたうえで「自分の料理を食べてほしいねん」という強烈な気持ちを持ち続けることこそ必要だったのだ。「どんな場所に」「何人のキャパで」ということに知恵をめぐらせ、「それっぽい、小奇麗なビジネスプラン」を描くことにのみ専心する経営者より、ちょっと不器用だけれど真面目で職人気質の若者に対してこそチャンスを与える。資金を提供する金融機関はそうあらねばならない、銀行員はそのような利き目を持たなければならない、と妹夫婦から教えられた気がしている。

「中華料理のシェフ」というのがまた何ともいい響きじゃないか。「腕に職がある」というのがグローバルレベルで通用する感じがする。海外を一人で旅したことのある人ならば、中華料理店というものがどれほど頼もしい存在か実感したことがあるはずだ。中華料理は海外のどの街で食べてもほとんど失敗がない。僕は相当な頻度で海外出張する職に就いていた時期があったが、街場の庶民的な中華料理店にはいろんな都市でお世話になった。バーゼル中央駅の裏の中華料理店では祝杯も涙酒も水餃子がいっしょだった。ロンドンやワシントンDCで不味いランチを不機嫌な外人と食べた夜、一人で入った中華料理店の五目焼きそばに救われた人は少なくないだろう。

実は移住してからの2年間、ここ沖縄で中華料理を食べた記憶が全くない。僕の好物であるにもかかわらず、である。そもそも街なかで「雰囲気のある」中華料理店を見かけない気がする。もともと当地は中国とはつながりが深いはずだから、きっと美味しい店はあるんだろうけれど。
まあ、そのうち妹夫妻が首里に支店を出してくれるでしょう。神戸本店のスペシャリテ(名物料理)である「香菜のサラダ」は、年中暑い当地においてもきっと人気を博すと思う。

(写真:香菜のサラダ「老虎菜」)